野暮と化け物は箱根から先。

極めて気紛れ+腐れ日記。 チキン(+α)故、友人激少=随時友募集中。 誤字脱字は通常仕様。(滅)

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2006-02-22

考え出したら。やめられない。止まらない。かっぱえびせん現象。


本日は。
『ミュンヘン』を見てきました。
スティーブン・スピルバーグ氏の最新作ですネ。
此はネェ。本当に久し振りに見たいなーと思った洋画で。
気合い充分に見に行ったのですが。

やっぱり字幕は辛かった・・・・!(泣)

始まって10分とせずに。
「やっちゃったー!」思うてましたから。
また「やっちゃったー!」みたいな。
以前『戦場のピアニスト』と言う映画を見に行った時も。
まったく同じ事を思ってたのにネ。
阿呆なのでまた同じ事を「やっちゃったー!」。
・・・ユツキの学習能力は皆無です★(蹴)

↓以下、字幕と戦いながら見た『ミュンヘン』超私的感想(らしきモノ)の為注意れす↓


率直に。ストレートに。
『ミュンヘン』の感想を述べますと。

難しいです。(爆)
そりゃもう単純に。難しい映画です。

ミュンヘンオリンピック。
基、ミュンヘンオリンピック事件が起こったのは1972年。
当然の如く。ユツキはその時生きていなかった訳で。
そんな衝撃的な事件があった事など全然知りませんでした。
この映画のCM(予告だったか?)を見るまで。
CMを最初に見た時だってネ。
実話だと言われたところで。実話だと思えませんでした。
そんなネ。まさかネ。
オリンピックでそんなすんごい事件が起こるなんて。
普通思わないじゃないですか?
少なくともユツキは思いませんでした。
と言うか、思えない。
まるで小説みたいだなと。

そんなもんだから。
時代背景なんてもんはサッパリ分からない。
今のイスラエル・パレスチナ問題でさえよく分かってない。
平和な日本で育ったもんで。
世界の緊迫しているという情勢もよく分からない。

そんな状態でこの映画を見た事に。
少々後悔の念が・・・・;;

知らないって恐いですヨ。
実際にあった実話だって言ってるのに。
小説の中の世界気分。それが抜けない。
再び出しますが『戦場のピアニスト』の時もそんな感じで。
よく分かってないのに見る。
と言うか、そう言う映画に洋画の場合は異様に惹かれる。
本当ネ。何故か見たいと思う洋画は実話ばっかで。
毎回字幕で。そして自分の知識の浅さに後悔すると。
もっと勉強しておけば良かったなー的な。


実話なのだから。

その時代を知らない自分にとっては。
難しいと思うのは当たり前の話。

『ミュンヘン』を率直に。
難しい映画だと言えるのは・・・・これまた難しく・・;;
ボキャブラリーが極端に少ないので。
上手く言えないのがもどかしいのですが。。

人の幸せってものは。
必ずしも皆同じだとは限らないじゃないですか?
と言うか、絶対にまるっきり一緒なんて事は。
ないんですヨ。

人の数だけ、その分の幸せがあり。
人の数だけ、その分の愛があり。
人の数だけ、その分の憎しみがある。

皆、平和を願っている。
なんて思いがちですが。
実は、平和なんか一つも願っちゃいない。
そう人だって絶対にいる。

例え、同じ平和を願っていたって。
平和の形は人それぞれ違う。
人それぞれの平和がある。

それを守る為に。
それを作る為に。

人は繰り返すんです。

良い事も。
悪い事も。


この映画には色々な組織に与した人が出てきます。
それぞれ考えがあり。其れを正しいと思っている。
だから貫く為に戦う。

絶対に同じ事を考えている人はいず。
それぞれにそれぞれの形がある。
それでも人は集まる。
そうなると集団戦になる訳ですが。

劇中で非常に印象深いシーンがありましてネ。
主人公がリーダーのチームと。
其れと敵対するチームが同じ部屋に泊まるって言う所があるんです。
否、その時は互いが敵対同士とは思っていないのですがネ;
其処でラジオ(?)から流れる曲の取り合いになる。
でも最終的には双方丸く収まって。
同じ曲を聴き床につく・・・・みたいなシーン。
説明不十分でよく解らないかと思いますし。
あくまでユツキの解釈なので他の人がどう思うかは解りません。
でも、ユツキにはあそこのシーンは本当印象的で。

例え、敵対するチーム同士であれ。
其れを知らなければ戦う事もないんです。
国だ、組織だ、家族だ・・・。
その人にプラスされる要素によって戦う理由が出来てしまう。
其れがなければ戦う理由なんてない。
何も知らないのであれば。
唯の。人と。人。



・・・本当ね。



なんて愚かなんだろうと思いました。

それぞれ考えがあり。其れを正しいと思っている。
だから貫く為に戦う。
絶対に同じ事を考えている人はいず。
それぞれにそれぞれの形がある。

だけど。

分かり合える余地はあるんです。
皆無じゃない。
敵同士だってなんだって。
余地はあって、皆無ではない。

生きていく中で。
何時しか縛られてしまった柵。
それがないまっさらな状態。
その状態であれば絶対に分かり合える。共存していける。

生まれたばかりの赤ん坊にネ。
「あの子に近づくな~」言うた所で無駄でしょう?
歩み寄ろうとする。
何もない。まっさらな状態だからこそ。歩み寄る。

それが出来ないのは。
人に芽生えてしまった自我があるからかなと。
人はより良い事を求めます。
好きな事、嬉しい事、楽しい事。
逆に。嫌いな事、悲しい事、辛い事は嫌。
ずっとより良い事だらけでいられるよう。
守り、奪う。



この映画に限らず。
戦争とかテロとか。
そう言った題材の社会派(?)映画を見る度に。
こーんな果てしない悩みに襲われます。
自分がどう思ったって変えられないのに。
もどかしいだけなのに。
なんで歩み寄れないのかなと。
自分だってそれは言えます。
わざと歩み寄らなかったりする。
誰だってきっとそうです。絶対とは言いませんが。

そんな時。

人はなんで、いるんだろうなと。
何の為に生きているのかなと。
こんな事の為に生まれてきたのかと。


答えなんて分かりません。


解るはずもないのに。
考えてしまう。
これもまた愚かなんでしょうネ。




本当。
難しいです。“人”と言うモノは。。

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